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岐阜地方裁判所御嵩支部 昭和34年(わ)2号 判決

被告人 矢島金雄

主文

被告人を懲役五年に処する。

本件公訴事実中、昭和三十三年十二月二十七日の起訴に係る窃盗事件の公訴はこれを棄却する。

理由

被告人は、(1)昭和二十二年十月二十三日岐阜区裁判所において窃盗罪により懲役十月に、(2)同二十三年九月十一日名古屋区裁判所において窃盗罪により懲役一年六月に、(3)同二十五年六月十七日岐阜簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年六月に、(4)同二十八年一月三十日仙台高等裁判所において、概ね、空巣ないし忍込みの方法による窃盗罪により懲役三年に処せられ、当時各刑の執行を受け終り、更に(5)同三十一年一月二十四日福島地方裁判所郡山支部において、概ね、空巣ないし忍込みの方法による窃盗・同未遂罪により懲役三年に処せられ、同三十三年十月十四日宮城刑務所を仮出所して岐阜県関市在住の実兄矢島安吉の許に帰住し、澱粉工場等に通勤していたものであるが、所詮、日額三、四百円位の賃金には満足することが出来ず、仮出獄中の身でありながら、

第一、常習として、昭和三十三年十一月十二日頃より同年十二月二十五日頃までの間、別紙事実明細表記載の通り、前後十六回に亘り、夜間、岐阜県美濃加茂市加茂野町鷹之巣三百七十二番地加納釵一方外十五人方居宅又は店舖等に侵入し、同人外十七人所有の現金合計二万八百八十四円および手提金庫一個外七十八点時価合計二十一万四千五十五円相当を窃取し

第二、同年十二月六日午前三時頃岐阜県可児郡司児町下恵土二百二十五番地鍼灸業林和広方裏勝手口附近において、同人所有の運動靴一足時価三百円相当を窃取し

たものである。

右判示の事実は

一、被告人の当公廷における供述

一、検察事務官作成の被告人の前科調書の外更に、

第一の事実中、別紙事実明細表記載にかかる(1)の事実につき加納釵一作成の被害届、(2)の事実につき堀部友一作成の被害届、(3)の事実につき佐藤幸一作成の被害届、(4)の事実につき大竹行雄作成の被害届、(5)の事実につき苅谷松市作成の被害届、(6)の事実につき清水清作成の被害届、(7)の事実につき証人船橋進三の当公廷における供述、(8)の事実につき証人吉田省三および同井上俊己の当公廷における各供述、(9)の事実につき渡辺峰子作成の被害届、(10)の事実につき証人岩島助五郎の当公廷における供述および野口益子作成の被害届、(11)の事実につき中島勇毅作成の被害届、(12)の事実につき臼田喜市作成の被害届、(13)の事実につき証人鷲見武夫の当公廷における供述、(14)の事実につき丹羽幸三作成の被害届、(15)の事実につき可児米次郎作成の被害届、(16)の事実につき古山道夫作成の被害届

第二の事実につき、林和広作成の被害上申書

を各綜合してこれを認める。

なお、被告人は「昭和三十三年十二月二十三日午前四時頃岐阜県美濃加茂市太田町銀座三、六二〇番地呉服商丹羽幸三方において、同人所有の丹前一枚外二十一点時価一万六千五百円相当を窃取した」事実につき、同月二十七日当裁判所に窃盗事件として起訴せられ、更に、判示第一の事実(但し、別表(14)の事実を除く。)および判示第二の事実につき、同三十四年一月八日常習特殊窃盗事件として追起訴せられ、当裁判所は右両訴の公訴事実を併合審理したものである。而して、被告人の当公廷における供述および丹羽幸三作成の被害届を綜合すると、右起訴に係る窃盗事実は被告人が夜間、丹羽幸三方店舖に同家風呂場の戸口より侵入する方法によつて犯したものであること―従つて、これを窃盗と住居侵入との牽連一罪と考えると、前示起訴状には、一個の犯罪事実の一部が訴因として明示されている関係にあること―が認められ、この認定の事実と追起訴の内容たる事実とを比照すると、前者は後者の部分行為であり、後者の常習特殊窃盗は前者をも孕む全体行為として集合的一罪を形成すること―従つて、本件窃盗の訴因と常習特殊窃盗の訴因との間には、犯罪事実の単一性に基く公訴事実の同一性が認められ、併合罪の関係に立つものではないこと―が窺われる。謂うまでもなく、常習特殊窃盗なるものは、その公訴の効力ないし判決の既判力が当該事件の判決言渡の時までにおける特殊窃盗行為―「盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律」第二条各号の方法による窃盗行為―の全部に及ぶものであるから、本件につき、端的に言えば、本起訴の窃盗は追起訴の常習特殊窃盗の細胞に外ならぬものである。従つて、前示の如く、既に、窃盗の訴因を明示して公訴を提起したる場合において、常習特殊窃盗の事実を審判の対象となさんがためには、訴因変更の手続によるべきであつて、敢えて、追起訴の手続がとられることは、二重起訴禁止の原則をおかすものである。然し、本件の場合、窃盗と常習特殊窃盗とは部分と全体との関係にあるばかりでなく、併合審理の手続段階にあるからには、窃盗の訴因を変更して常習特殊窃盗の公訴を棄却するという迂遠煩瑣なる手続を経由するまでもなく、追起訴につき、常習特殊窃盗の訴因を変更し、然る後、先行提起に係るものではあるが、窃盗の公訴を棄却するを相当すべきである。当裁判所は、この理論に従い、検察官の訴因変更の請求があつて、判示各事実を認定したものである。

右認定の事実に法律を適用するに、判示第一の事実は「盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律」第二条第四号に、判示第二の事実は刑法第二百三十五条に該当するところ、被告人には冒頭摘示(4)の前科があつて、同法第五十六条第一項にあたるので、同法第五十七条により、同法第十四条の制限に従い、各罪毎に累犯加重をなし、右は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条第十条により、同法第十四条の制限に従い、重い判示第一の罪の刑に法定の加重をなし、その刑期範囲内において、被告人を懲役五年に処し、訴訟費用は被告人が貧困のため納付しえないことが明らかであるから、刑事訴訟法第百八十一条第一項但書により被告人に負担させないこととする。而して、本件公訴事実中、昭和三十三年十二月二十七日に起訴された窃盗事件の公訴は、前段説示の理由に従い、刑事訴訟法第三百三十八条第三号により、これを棄却することとする。

なお、附言するに、被告人は犯罪危険性の固定化を示すばかりでなく、甚だ穏やかならざる犯行の手口に練熟している。行刑処遇によつて肺患が軽快しながら、仮出所するに及び、忽ち、精神的不毛の容態を曝露するに至れる現実はあまりにも無謀ではあるまいか。人は善意であつてこそ精神的に成長することが出来る。隣人に愛される勤労者人格を形成して再出発すべきである。

よつて、主文の通り判決する。

(裁判官 斉藤法雄)

(犯罪事実明細表)〈省略〉

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